「呂律が回らない」で救急に来た方が、開口一番こう言ったんです。 「前からちょっと悪かったんですけどね」って。
たしかに、少し前の検査入院のときからその症状はあった。記録にも残っている。だから本人もご家族も、様子を見ていたそうです。前からあるし、と。
でも私たちは、この「前からあるんですけど」を聞いた瞬間、静かに準備を速くします。
「前からある」は、安心の根拠にならない
前からある症状は、本人の中で「いつものこと」になっていきます。慣れる、と言ってもいい。毎日付き合っていれば、多少の変化は誤差に見えてしまうし、気づいても「前からだから」と割り引いてしまう。
この割り引きが、受診を遅らせます。まったく新しい症状なら、人はすぐ病院に来るんです。怖いから。でも「前からある症状の悪化」は、怖さの輪郭がぼやけている。本人にもご家族にも、そして油断すると医療者にも。
いちばん怖いのは「強くなったとき」
前からある症状がいちばん怖くなるのは、強くなったときです。
昨日までは聞き返されなかったのに、今日は言葉が通じにくい。前は疲れたときだけだったのに、今は朝からずっと。この「変わった」という一点が、頭の中で何かが進んでいるサイン、あるいは前の症状とは別の、新しい何かが始まったサインかもしれない。
だから私たちが確認するのは「あるかないか」ではありません。「いつもと比べてどうか」「変わったのはいつか」。変化した時刻がはっきりすれば、それが治療の選択肢に直結することがあります。看護師の仕事は、その情報をできるだけ正確に拾って、医師に届けるところまで。問診票の「既往あり」の一言で流さない、というのはこういうことだと思っています。
「前からある症状」が急に強くなったら
それはもう「前からの症状」ではなく、新しい症状です。
様子を見ていい理由は、前からあることではなく、変わっていないこと。強くなった時点で、その理由は消えています。夜中でも、遠慮なく来てください。
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参考文献
- 脳卒中領域の標準的教科書における、発症時刻・症状経過の確認に関する記載