「S1Q3T3」という言葉に、踊らされていませんか。
肺塞栓症(PE)の代名詞として、教科書には必ず載っている心電図所見です。新人のころの私は、この横文字を覚えただけで、なんだか肺塞栓が分かった気になっていました。でも実際の臨床で、これだけに頼るのは、じつはかなり危険です。
「ないから否定」には使えない
S1Q3T3が肺塞栓の患者さんで実際に出てくる割合――つまり感度は、約20%前後しかないと言われています。
10人の肺塞栓の患者さんがいても、この波形が心電図に出るのは、2人程度ということです。残りの8人は、S1Q3T3が出ていない。
ここが落とし穴です。「S1Q3T3がないから肺塞栓じゃない」という除外の使い方は、まったく成り立ちません。この所見の有無で安心してしまうと、波形が出ていない大多数の肺塞栓を、まるごと見逃すことになります。教科書に載っている有名な所見ほど、「あれば疑う」道具として覚えられがちですが、「なければ否定」には使えないんです。
逆に、出ていたときのインパクトは大きい
一方で、この波形が実際に見られたときの意味は重い。
S1Q3T3は、右室に急激な負荷がかかっているときに現れます。いわば心臓が出しているSOSサイン。だから「あったら軽く見てはいけない所見」として、むしろこちらの向きで覚えておくほうが安全です。ないことには意味を持たせず、あることには重みを持たせる。同じ一つの所見でも、読み方の向きで価値がまったく変わります。
波形は、診断そのものではない
心電図を読んで診断を下すのは医師の仕事です。私たち看護師にできるのは、S1Q3T3の有無に引きずられず、患者さんの息苦しさや脈、酸素の値、片脚のむくみといった全体の様子を落ち着いて観察して、医師に正確に伝えること。
「有名な所見が出ていない=大丈夫」ではない。この一点を体に入れておくだけで、見える景色が変わります。教科書のキーワードは、便利であると同時に、油断の入り口にもなります。
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参考文献
- 循環器・救急領域における肺塞栓症の心電図所見に関する標準的な成書の記載