心停止で運ばれてきて、元通り歩いて退院できる人。正直、片手で数えるくらいしかいないです。
新人のころの私は、救命ってもっとうまくいくものだと思っていました。運ばれてきて、みんなで一生懸命に蘇生すれば、それなりの確率で元に戻る。そういうイメージを勝手に持っていた。現実は、ずいぶん違いました。
誰にも見られていない時間が、結果を決めてしまう
多いのは、ご高齢の方が自宅や施設でひとり倒れているパターンです。発見されたときには、もうどれくらい経っているのか誰にもわからない。
その「誰にも見られていない時間」が、そのまま蘇生の結果を決めてしまうことが多いんです。心臓が止まってから胸を押し始めるまでの空白が長いほど、脳や体は静かにダメージを受けていきます。救急車を呼んだ時点、私たちが処置を始めた時点では、勝負のかなりの部分がもう決まっている。
病院にたどり着く前が、いちばんの勝負どころ
逆に、そばに人がいて、倒れた瞬間から胸骨圧迫が始まっていた人。救急隊が着く前から手が入っていた人。そういう人ほど、こちらの処置に体が応えてくれます。
だから私は、市民向けの心肺蘇生の話を軽く見られなくなりました。「素人がやって大丈夫かな」とためらっている数分が、いちばん大事な数分だったりする。倒れている人を見たら、通報して、胸を押す。上手でなくていい。その手が、救急外来にたどり着くよりずっと前に、結果を左右しています。
それでも押す
数字を見るたびに、救命の限界を突きつけられます。それでも、目の前で止まった心臓を押すのをやめる理由にはならない。片手で数えるくらいでも、歩いて帰っていく人が確かにいるからです。
うまくいかなかった夜のほうが、記憶にはずっと多く残っています。それでも次の一件では、また全力で押す。そういう仕事だと思っています。
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参考文献
- 救急蘇生に関する標準的教科書における院外心停止の予後と目撃・バイスタンダーCPRの記載
- JRC蘇生ガイドラインにおける市民による心肺蘇生の位置づけ